新型コロナウイルスが、ある小学生の女児に暗い影を落としていた。何があったのか、親子に聞いた。
休校が続いていた5月のある夜。宮城県内の40代のシングルマザーは、夕食の準備に忙しかった。小学6年の娘がそばへ寄ってきた。その日、久々の登校日だった。「友達にばれた」と娘。何が?
「髪の毛のこと」
何を言っているのかわからなかった。照明の下に連れて行き、まじまじと見て息をのんだ。娘のつむじの横の毛が全くなくなって、白い地肌が見えていた。大きさは500円玉大。周囲の髪も、途中からちぎれてぼさぼさになっていた。
「どうして」と大声を出しかけて、飲み込んだ。「何があったのか言ってみて」。声を抑えて聞いた。
「3月中旬ごろから、気づくと抜いていた。休校中、家から出られなくて、友達に会えなくて、寂しくて。ここまでになってるとは思わなかったけどね」。娘は苦笑いを浮かべた。
ストレスによる自傷だ。何で今まで気づかなかったんだろう。
娘は学校が大好きだ。毎朝午前5時半に起き、7時過ぎには家を飛び出す。4月から最高学年だ。「新入生の世話ができる」と楽しみにしていた。
だが、休校が始まった。感染させないため、外出禁止を言い渡した。娘は愚直に守った。学校からもらったドリルをやってしまうと、あとはパソコンでずっと動画を見ていた。スマホは持たせていない。ネットで連絡が取れる友達はいない。親の自分はフルタイムで働くため、昼間相手ができない。きょうだいは年が離れている。
大型連休のころ、娘は夕方、自宅の庭に出て、車で帰ってくる自分を待つようになっていた。帰る時間は日によって違うのに、ずっと待っている。自分の顔を見るとほっとしたような表情になる。出迎える娘の髪から、レモンの香りがした。「暇だし、おしゃれしたい年頃なのか」。その時はそんな風に思っていた。
だが、毛の抜けたつむじを見た瞬間、それが家にある育毛剤の香りだったことに気づいた。「あれだったのね」
「早く生えてこないかなと思って」と娘。物静かで手のかからない子だと思っていたが、本当は全部我慢していたんだ。なぜ気づかなかったんだろう。申し訳なさに身が縮んだ。
忙しかったのは確かだ。休校中は学校からアンケートや書類が毎日届き、処理に追われた。一日中家にいる子どもたちのために、米は一日7合炊いた。食費は普段の1・5倍になった。勤め先の建築会社はコロナの影響で受注が減り、人減らしのうわさが流れる。自分は子どもの病気などでしばしば休んできた。標的にされてもおかしくない。
先の見えぬ休校、増える支出、解雇の不安。正直、子どものケアまで気が回らなかった。娘はいつも「大丈夫」としか言わない。夕飯を食べながら、ゴメンとわびた。
「学校、もっと早くやってほしかったね」。娘はそうつぶやいた。
髪は徐々に生えそろい、抜け毛はもう目立たない。発覚してからしばらくは、見えないように髪を結んで学校に送り出した。コロナが去ったわけじゃない。仕事がどうなるかもわからない。だけど休校は明けた。3カ月、本当に長かった。