378 匿名さん 21/03/01(月) 08:59 マスコミの人間は見て見ぬふりをする 僕は本当に二年間近く、ジャニー喜多川という老人にかわいがられていた。それは愛人と言うにふさわしく、特別扱いは多々あった。 まずは、どこに行くにも秘書のようについていかされた。車の中では常時手をつなぎ、キスを迫られた
377 匿名さん 21/03/01(月) 08:59 以前マッチは事務所の顧問として優遇されていた。 それにしても藤島氏は、ジャニーズ事務所に関してもいろいろと関わっていたのだから、あの義弟の悪行に気がつかないはずがない。昭和天皇陛下のご学友だったこともあり、作家として人格者だったという彼が、なぜ、義弟ジャニーのことをもっと教育してくれなかったのかと思う。政治家になろうとしていた人間が、この悪の魔窟に関わっていたことについては、今でも納得いかないところだ
376 匿名さん 21/03/01(月) 08:57 メリーさんといえば、作家の故・藤島巻軸氏の夫人で、夫婦にはジュリーという娘がいる。だが、実のところ、最初は結婚はしていなかったらしい。藤島氏は子供をなかなか認知せず、大きくなってからようやく認知と入籍をしたようで、事実上、結婚生活は短かったという。 藤島氏は一九七七年に参議院議員全国区に出馬して落選したが、『不思議の国ニッポンー在日フランス人の眼』という本をポール・ボネのペンネームで書いたり、一九九七年に亡くなるまでフランスに暮らしていたということもあり、メリーさんはほとんど独身だったという。 メリーさんは本当にマッチを愛していたらしい。だから、ジヤニーの毒牙にかからないように、自ら囲っていたのだ。マッチはマザコンで有名だったし、ずいぶんメリーさんに甘えていたのだろう。 それだけに、メリーさんはどれほど明菜の存在が疎ましかったかと思う。自殺未遂はちょうどマッチを明菜から引き離すチャンスだった。
374 匿名さん 21/03/01(月) 08:56 一緒に暮らしたからって、母と子ほどの年の差の男女だ。僕にはそれが信じられず、親子のように暮らしているのかもしれないじゃないかと思っていた。 だが、あるジュニアがメリーさんの住むマンションの部屋に用事を頼まれて入って行くと、素っ裸のマッチがいた。ジュニアに気がついたマッチは慌てて廊下を走っていって、その後に髪を振り乱して出てきたネグリジエ姿のメリーさんに、「あんた! 電話してから来なさいよ!」と、怒鳴られたという。 よく考えたら、いくら年の差が違っても、事務所の副社長とタレントでも、二人っきりで住んでいたら確かに同棲だ。
373 匿名さん 21/03/01(月) 08:55 なぜ、そんなにまで明菜を邪魔者にしたのか……その真相を。 自殺未遂から遡って四年前、一九八五年当時の合宿所には、トシちゃんだけでなく、マッチの部屋も存在していた。そして、マッチがそこで飼っていた愛犬のラムも、まだ合宿所に残されたままだった。だが、マッチはそこにいなかった。「マッチさんって来ないの?」 僕が聞いた。「マッチはメリーさんとこじゃん」 「え?」 「なんだ、知らないのか? メリーさんとマッチってできてんだよ~。同棲してんだよ」 古いジュニアたちはみんなそれを知っていた。
371 匿名さん 21/03/01(月) 08:54 なぜ、事務所が出てくるのか? なぜ、ジャニー社長ではなくてメリー副社長あてなのだろうか?この事件については、メリーさんが明菜に「マッチとの結婚会見」と嘘をついて一九八九年大晦日の復帰会見の席に明菜を座らせたのだというスクープもあった。その後、さらに、明菜に当時の事務所への不信感を募らせて、芸能界を引退させてしまおうと図ったメリーさんが、弱りきった明菜にいろいろと周囲の悪口を吹聴したという噂もたった。
370 匿名さん 21/03/01(月) 08:53 >>365ジャニー喜多川は城みちるをジャニーズに移籍させたがってた。本人が地元の広島県に帰省したから娘が結婚して男児を産んだらジャニーズ事務所に入れるなら、マトもな事務所に改善した方がいい。
369 116 21/03/01(月) 08:53 マッチとメリーさんは夫婦同然だった メリーさんといえば、マッチと中森明菜を別れさせた張本人であることは、何度かスクープされ知れ渡っていることだ。 一九八九年七月に中森明菜が当時恋人だったマッチの自宅マンションで、腕を切って自殺未遂をした事件は、今でも記憶に新しい。 マッチと明菜の恋愛沙汰だったにもかかわらず、なぜか最後は「メリーさん、ご迷惑をかけてすみません」という明菜の手記によって収束したこの一件に、誰もが何か納得いかないものを感じていたに違いない。
367 匿名さん 21/03/01(月) 08:50 テレビでは松田聖子が涙の記者会見をしていた。 「うわあー 醜い。この女。ああ、鼻水垂らして気持ちわる~い」ジャニーさんが耳元で奇声をあげる。噂好きのおばさんみたいに。
365 匿名さん 21/03/01(月) 08:50 郷ひろみに未練タラタラなジャニーさん 一九八五年一月。その日、日本中がテレビ報道に釘付けになっていたことだろう。ちょうど、僕が合宿所にいたときのことだった。 場所は居間。暖かい部屋の中、ジャニーさんの膝にパンツ一枚の姿のまま座らされて、大スクリーンのテレビを見つめていた。ジャニーさんは少年を膝に座らせて、猫のように体中を撫でまわしながらテレビを見るのが日常だった。そのころから、僕は一番のお気に入りだったため、ジャニーの膝は僕の椅子だった。
364 匿名さん 21/03/01(月) 08:49 冗談なのか、本気なのか、あのポーカーフェイスがよくわからず、その奇行がいったいどういう意図だったのか、今でもわからない。ただ、それはあのジャニーズ合宿所の雰囲気の中ではそれほど奇異ではなかったことが、今になって考えれば恐ろしい。彼は今でもやっているのだろうか。
362 匿名さん 21/03/01(月) 08:48 そのうえ、自分もよくペニスを見せていた。一番驚いた一件は、食事中のことだった。ジュニアたち数人と食卓を囲んでいたときのことだ。ヒガシは何を思ったか、目の前の皿に、おもむろに自分のむき出しのペニスを乗せた。びっくりして言葉を失ったジュニアたちに対して、「俺のソーセージを食え!」と、ヒガシは命令した。