https://www.dailyshincho.jp/article/2021/07141100/
「ぎゃ、という声が自分の喉の奥から聞こえて……。ヒロコがぶら下がっている。早く引きずり下ろさなければ。それしか考えられなかった。腰が抜けそうになりながらも、なんとか近づいて足をつかみました。必死だった。するとバチッと灯りがつきました。それでも僕は足をつかんでいた。『足をつかんだら、かえって首が絞まるじゃないの』と言われて振り向くと、ヒロコが立っていました。ぶら下がっているのはマネキンだったんです」
それが分かったとたん、本当に腰が抜けたと陽一郎さんは言う。ぼんやり座っている彼に向かって、ヒロコさんは言った。
「あなたが浮気を続けたら、こういうことになるわよ。本気だからね」
彼は言葉を失ったという。
「情けない話なんですが、僕、それ以来、心因性不能に陥ってしまいました。マキにはその話はしなかったけど、彼女の部屋で行為に及ぼうとするとマネキンが頭に浮かんでくるんです。それと同時に萎えてしまう。マキも最初は『気にしないで』と言っていたのですが、3回目には『無理しなくていい。飽きるわよね、3年も続いてるんだから』と言い始めて。そうじゃないと言いたかったけど、マキのことを考えると潮時かもしれないと思いました」
連絡を絶ってみると、マキさんからも何も言ってこなかった。そして陽一郎さんは家庭に戻った。
「ヒロコには、彼女と別れたことがなんとなくわかったんでしょう。ある日、『いろいろな意味で、お帰りなさい』と言われました。そのあと、『私の勝ちね』って。誰に勝ったんだと聞くと、『あなたにかしら、マキさんにかしら』と。彼女の名前まで把握していた。この勝利宣言は不快でした。以前と同じように、『お父さん、今度の日曜は料理作って』なんて気軽に言ってきますが、はいよと答えることができない。息子の手前、作りますが、妻に笑顔を向けることができなくなったんです。以前は演技でもできたんですが……。妻はごく普通に振る舞っていますよ。メンタル強いんだなあと思いますね。僕も不倫したことで、妻を傷つけたんでしょうから、何も言えない立場ですけど」