匿名さん
1. 匿名 2022/03/30(水) 11:06:27「5人兄弟だと、親の愛情に偏りは出る。当時は認めるのがしんどかったけど」吉田羊が語る、家族という“コンプレックス” | 文春オンライン
2010年代半ば、吉田羊は彗星の如く私たちの目の前に現れた。夜空に美しい尾を引く彗星とて、一瞬で誕生したわけではない。放つ光を私たちが目視できたのが、たまたまそのタイミングだったというだけの話だ。一般…
「小さいときの口癖は『お父さんにはお母さんが、お姉ちゃんには下のお姉ちゃんが、上のお兄ちゃんには下のお兄ちゃんがいるでしょ。ほらね、私だけ一人』でした。そのたびに母が悲しそうな顔して、『母さんがおるよ』と言ってくれたけれど、私は頑なに、『ほらね』って。5人もいるのに孤独だったんです」
■母の愛情が末っ子の自分に向かない
「私のコンプレックスのひとつは、きょうだい。4人ともすごく優秀だし、両親が喜ぶ仕事に就いているし。私一人だけずっと半人前という意識がいまだにあって」
吉田の母は幼稚園の教員だった。
「吉田家では夕方6時半になると掃除の時間があって、家族全員であみだくじを引き、当たったところを掃除するんです。思えば、母は共働きで私たちを育ててくれ、身体が弱く持病もあったためいつも疲れていました。子どもたちに家事を振ることでやっと回っていたのでしょう。
母を語る吉田の言葉には愛が溢れている。しかし、常に折り合いが良かったとは言えない。
「私が父親っ子だったから嫉妬もあったのかもしれないし、上の子のほうが優秀で母によくしていたのもあるかもしれない。きょうだいと比べると、私はあまり母に思われていないのかなと、感じることが時々ありました。5人もいれば、親の愛情に偏りは出る。やっぱり、言っちゃ悪いけど『こっちのほうがかわいい』みたいなことは、母にもあったんじゃないかな。当時はね、それを認めるのがしんどかったけど」
母からの愛情が乏しかったという記憶は、大人になってもなかなか消えなかった。きょうだいに対する劣等感も同様だ。
「いまだにありますね。もちろん、この仕事を喜んではくれています。けれど、家族のことにおいては、私はいつまでたっても最後の5番目で、ほとんど打席が回ってこない。そういう劣等感はあります」